エッセイ 鉄道編
大井川鉄道
今日は正月休暇を利用し、日帰りで静岡県にある大井川鉄道に乗って地名というところまで行ってきました。大井川鉄道は静岡県の金谷から千頭を通るローカル私鉄で、SLが走っていることでも有名ですが、大手私鉄の往年の名車がほぼ現役時代のまま走っていたり、風情のある駅舎が多いため鉄道ファンにも人気の高い地方私鉄です。東京在住の私は、まず東京駅に出て、新幹線で静岡に行き、そこから東海道本線に乗り始発駅の金谷に行きました。大井川鉄道は、もちろん地元の人の足にもなっているわけですが、正月ということもあって鉄道ファンと思しき人も目立ちました。実は私も鉄道は大好きなわけで、大井川鉄道は子どもの頃からあこがれていました。なお現在、大井川鉄道は神尾駅付近で起きた土砂崩れのため、横川から福用までは代行バスが通っています。その代行バスでの旅も山の急斜面をゆれながら走るものの山からの絶景も楽しめるのでなかなか風情があってよろしかったです。また今回乗った車両は首都圏ではほとんど絶滅したつりかけ式のガタピシ五月蝿い電車だったのですが、これまた風情があってよかったです。そして目的地の地名に到着したのは四時を回った頃でした。
上の写真は私が乗ったガタピシ電車で、正式名称は312系といい、元は関東の大手私鉄・西武鉄道の351系電車です。なお撮影場所は地名駅です。21世紀を向かえ早四年がたつというのにこのような昭和29年製で床が木製の電車が走っているというのはローカル線ならではであり、鉄道ファンからしてみればうれしいわけでもあります。まさにビバ・ローカル線といったところでしょうか。クリックすると大きい写真で見ることが出来ます。(重いですが)右奥に見えるのは日本一短いトンネルです。
地名の駅舎は木造のかなり風情のあるもので、しかも無人駅でした。下がその写真です。


なんかいかにも田舎のローカル線の駅といった感じの趣ですね。駅の中は真っ暗ですが、待合室には本棚があり、電車を待つ間に乗客が読めるように気をつかったのでしょう。駅の前には商店が二店あるだけの物静かな山の町でした。そのうちの一件で切符が売られています。私はしばし、駅の周辺を散策しましたが、静岡という場所柄、茶畑がそこらじゅうにありました。とにかく静かな山間の町でした。もちろん三が日の二日目ということもあるのでしょうけれどもね。
散策を終え、駅に戻ると、ホームではその近所の子どもと思しき小学生ぐらいの年齢の兄妹が線路を伝ってホームに入って遊んでいました。上のホームの写真を見てくださればわかると思いますが線路の脇には柵がありません。ですから簡単に入れます。(ただし電車に載る場合は車掌さんがいるから無賃乗車は無理ですし、一鉄道ファンとしてはそういうことはしてほしくないです)都内ではまず考えられない風景です。電車の本数も少ないし、駅も無人駅だから誰もとがめないんでしょうね。(厳密にはいけないことなんですけど。)私も特にとがめる理由はなかったので静観していました。兄のほうはホームによじ登り、線路を伝って、その線路向こうにある田んぼに向かって立小便をしていましたが、妹のほうは「お兄ちゃん、危ないよ」と心配そうな顔で見ていました。兄のほうは、私と目が合った瞬間、「こんにちは」と私に挨拶をしてくれました。恐らく彼らは私をこの土地のものだと思ったのかもしれません。休日にこんな田舎の小さな駅にいる人間は地元の人間以外考えられないと彼らは思ったのでしょうけども、それも当然のことでしょうね。ちなみにこの兄弟、よく見ると日本人離れした顔立ちでした。肌はやや褐色で、髪は天然パーマ気味、目は二重でくりっとしている外見から察するに、恐らく日本人と南方系の人のハーフなんでしょう。しかし日本語は流暢で、いかにも田舎の子どもらしい素朴な感じの兄弟でした。電車が来る気配を感じた私は、線路の向こうの兄に向かい駆け寄り、ホームの上から「ほら、つかまれ」と手を差し伸べましたが、「平気だよ」と言って、難なくホームによじ登りました。私は、ホームにいた妹のほうに「君たちはこの辺の子かい?」と聞きました。すると妹は「ううん、掛川(金谷の先)からここにあぞびにきたの」と言いました。彼らは不思議と人見知りをしませんでした。どうやらこの近所に彼らの親類の家があるそうです。そんな短い会話をしている間に電車が来ました。私は彼らに「僕は東京から来たんだよ」と言った。いくら相手が子どもとはいえ、向こうが素直に出身を明かした以上、私も明かすのが流儀というものです。そして「ここは電車の本数が少ないとはいえ、危ないから気をつけなよ。」と言って、彼らに別れを告げ、電車にのりました。
帰りの電車の中で、田舎の小さな山間の町にいた南方系のハーフの兄妹との意外な出会いを反芻しました。もっとも、その兄妹からすれば、休日に辺鄙な田舎町の駅にいた風変わりな東京者の私との出会いも意外だったんでしょうけどね。
2004年1月2日記